東京高等裁判所 昭和55年(う)1197号 判決
司法警察員作成の昭和五四年二月二七日付実況見分調書及び同五五年四月一五日作成の交通事故現場写真拡大報告書によると、(イ)本件事故の発生した交差点は、被告人が普通乗用自動車を運転して進行した幅員五・五メートルの東西に通ずる道路(以下、東西道路という。)と安藤敏也が自動二輪車を運転して進行した幅員七・九メートルのセンターラインの引かれた南北に通ずる道路(以下、南北道路という。)が直角に交差する交通整理の行われていない交差点である。(ロ)本件交差点に東西道路の東方から車両が進入する場合には、建物等に遮られて南北道路の右方への見とおしが困難であり、交差点の手前に一時停止の道路標識が設置され、道路上に一時停止線が表示されている。(ハ)車両等の速度規制は東西道路が三〇キロメートル毎時、南北道路は四〇キロメートル毎時と定められている。(ニ)衝突地点は、交差点の中心点からほぼ西寄りに一・六メートルの地点であり、路面はアスフアルト舗装の平担で、かつ、当時は乾燥した状態にあり、交差点中央には南北道路上に引かれたセンターラインをほぼ直角に横切つて、二条の、タイヤによるブレーキ痕があり、その長さは進行方行に向つて右が一・五メートル、左が一・三メートルであつて、このブレーキ痕の延長線上西寄りに二条のタイヤによる横ぶれ痕がそれぞれ路面に印象されている。
当審証人江守一郎の供述及び同人作成の鑑定書(以下合せて江守鑑定という。)は、前記二条のブレーキ痕は被告人車両によるものではないとし、その理由として、(イ)被告人車両の前輪と横に押されたスリップ痕(前記横ぶれ痕)とを重ね合わせると、後輪と中央線を横切るブレーキ痕の始点とが一致しないこと、(ロ)急制動をかけると車はノーズダイブ(前傾)し、前輪の荷重が増して後輪の荷重が減少するため、スリツプ痕を印象するのは主に前輪であること、(ハ)事故現場付近に居住する土信田カズ子証人によつても、該交差点は二輪車の事故が多いことがうかがわれることを挙げているので、以下、これらの点について逐次検討する。
(イ)については、江守鑑定がかかる結論に至つた根拠とする事故現場見取図に示されたスリツプ痕の作図及び測定について、具体的な資料を示しておらず、その正確性に疑問がある。かえつて、前掲実況見分調書添付写真3を拡大し(前掲交通事故現場写真拡大報告書添付の写真)、解析した警視庁交通捜査課主事沼倉四郎作成の写真鑑定書及び同人の当審証言(合わせて沼倉鑑定という。)によると、右現場写真の写真面を地上の平面の座標に変換する座標変換方式により前記各二条のブレーキ痕の座標展開図を作成しているが、右展開図によれば、前輪の横ぶれ痕及び後輪のブレーキ痕の位置及び距離関係が被告人車のホイルベース及び前・後輪の各トレツドと一致するほか、前・後輪のブレーキ痕はいずれも先端が左に横ずれしており、しかも前輪の横ぶれが大きく、後輪のそれが小さいことは、安藤車両が被告人車両の前輪付近に衝突し、同車両を横に押したことを物語る極めて特徴のある痕跡といえる。そのほか、本件事故発生直後現場において実況見分をした警察官在津幹生の当審証言によると、前記ブレーキ痕は新しいものであり、このブレーキ痕の延長線上に被告人車両が停止しているのを現認した、というのである。
(ロ)については、日本自動車工業会交通対策委員会作成の「交通事故処理の手法等に関する研究報告書」によると、制動によるスリツプ痕の印象実験の結果では、後輪のスリツプ痕が路面に印象される事例が多数報告されており、江守鑑定もスリツプ痕を印象するのは主に前輪であるというにすぎず、本件において前記スリツプ痕が後輪によるものであることを否定するには根拠が薄弱である。
(ハ)については、本件交差点において他にも急制動をかけた車両のあることは一般論としては肯認できるが、本件事故現場に残されたブレーキ痕は前記のような特徴のあるものであつて、これが他の車両によるものとは解されない。なお被告人は、捜査段階以来一貫して急制動を講じた事実を否定し、同乗していた被告人の妻蔡麗峰もこれに添う供述をしているが、前述の客観的な状況事実に照らすと、たやすく信用しがたい。
以上に検討したとおりであるから、前記各ブレーキ痕は被告人車両によつて印象されたものであると認めるべきであつて、江守鑑定の中、これと異なる前提に基づいてなされた部分は採用することができない。